2024年1月22日月曜日

「I LOVE IT LOUD」~”ゴディ&ウイリアムス” 殺人魚雷コンビのテーマ曲の謎

 50年以上の歴史を誇る老舗団体、全日本プロレス。その長い歴史の中で数々の名タッグチームがリング上を席巻していた。 特に外国人選手によるタッグの猛威は凄まじく、ハンセン&ブロディの超獣コンビやザ・ロード・ウォリアーズは、今なおプロレス以外の分野でも大きな影響を与える程の存在感を誇っている。 
 

 それらに次ぐ外国人タッグとして有名なのは1990~94年頃まで活躍した人間魚雷”テリー・ゴディ”殺人医師”スティーブ・ウイリアムスによる殺人魚雷コンビ


 1990年2月に全日マットで結成後、世界タッグ奪取、年末の世界最強タッグ決定リーグ優勝などの輝かしい実績を残し、団体内で最も権威のある三冠ベルトも90年6月にはゴディが、94年7月にはウイリアムスが戴冠を果たしている。


 そんな彼らの入場テーマ曲はKISSの「I Love It Loud」。冒頭のスーパーヘヴィ級のドラムブレイクから、勇士たちの叫び声で会場のボルテージをMAXまで突き上げる一曲である。


 タッグ戦以外でも、ゴディやウイリアムスがそれぞれシングル戦で入場する時にも使用され、殺人魚雷コンビの自然解散以降は、ウイリアムス単体の入場テーマ曲として全日マットで定着していった。


さて、この殺人魚雷コンビのテーマ曲「I Love It Loud」は2種類バージョンが存在する。

・『Creatures of the Night』収録のオリジナル版

 

・『Smashes Thrashes & Hits』収録のRemix版



 上記2つのバージョンの大きな違いはドラム。
 オリジナル版は生音、Remix版は打ち込みに差し替えられている。殺人魚雷コンビの使用においては、初期はRemix版を使用しており、その後しばらくしてオリジナル版に変更されたというのが通説。

・オリジナル版(ドラム生音)↓





・Remix版(ドラム打ち込み)↓





 更に前奏に「Love's A Deadly Weapon」の冒頭を付けた合体バージョンも存在し、こちらはスティーブ・ウイリアムスの単体での入場テーマ曲として様々な試合で使用が確認されている。


「Love's A Deadly Weapon」(冒頭0:00~0:04部分を使用)↓




2種類のバージョンが存在する殺人魚雷コンビのテーマ曲。実は明確に解明されていないがある。それは・・・

・1.Remix版 → オリジナル版に移行した時期

 

・2.ゴディとウイリアムスが単体で使用しているバージョンについて

 1.に関しては、前述の通り「初期はRemix版を使用しており、その後しばらくしてオリジナル版に変更された」という通説があるものの、具体的にいつ変更されたのかがよくわかっていない。すでにネットで情報が出ていないか調べたものの、詳細はわからず。

 2.についてはゴディがRemix版ウイリアムスがオリジナル版を使用していたという区分けがあるとされるが、正確な詳細についてはまだ言及されていない。


 今回はこの2つの謎を少しでも解き明かすべく、胸突き八丁の調査を行った。

・主な参考資料
全日本プロレス中継(=TV中継)  1990年~1993年放送分


・初使用~90年末

 
 TV中継で初めて「I Love It Loud」が鳴り響いたのは1990年3月豊橋大会における、殺人魚雷コンビ vs 鶴田&谷津。実況アナは

注目のS.ウイリアム自らアメリカから持参いたしました『勇士の叫び(「I Love It Loud」の邦題)』、このテーマソングが豊橋スポーツセンターに鳴り響いています。

と発言。
 この試合の入場で流れたバージョンはRemix版で、年末の世界最強タッグ決定リーグ戦まで同バージョンが使用されている。


 また、ゴディ・ウイリアムス両者ともシングル戦ではRemix版を使用しており(※)、逆にオリジナル版を使用した形跡は見つからなかった。


 このことから初期段階では、ゴディとウイリアムスでバージョンの区分けはされていなかったことがわかる。


(※)6月の鶴田vsゴディの三冠戦は入場シーン未確認ながら、ゴディの勝利者テーマ曲でかつて使用していたテーマ曲「Free Bird」が流れていた



・’91年~オリジナル版の登場

 
 1991年。前年に引き続きRemix版を使用する殺人魚雷コンビだったが、4月14日の長浜市民体育館大会で行われた6人タッグ、スタン・ハンセン&ダニー・スパイビー&レックス・キング vs 殺人魚雷コンビ&リチャード・スリンガーで変化が訪れる。


 ノーTVのこの試合、なんと試合後に流れた勝利者テーマ曲に「Love's A Deadly Weapon」冒頭付き合体バージョンが使用されていた。この合体バージョンが殺人魚雷のテーマ曲で使用されたのは確認出来る限り、この試合が最古。


 更にこの試合の合体バージョンで使用された「I Love It Loud」の音源はオリジナル版。興味深いことに、その後の大会を調べても合体バージョン以外でオリジナル版の使用が確認できなかった + 逆に合体バージョンにRemix版の音源が使用された形跡が確認できなかった。


このことから本記事では以降、
合体バージョン=オリジナル版
という表記に統一する。


 つまりこの長浜大会が確認できる範囲でオリジナル版が使用された初めての大会だと位置づけられる。

 ここがRemix版 → オリジナル版に切り替わったタイミング・・・かと思われたが、以降の試合(4月18日武道館大会 vsハンセン・スパイビー)では再びRemix版を使用することに。
 何故長浜大会だけ合体版が流れたのか・・・?

 Remix版 → オリジナル版への移行するタイミングの謎はこのあと更に深まるのだが、それはまた後述で。



・ゴディはRemix版、ウイリアムスはオリジナル版に・・・


 ’91年6月1日武道館大会は、殺人魚雷コンビのテーマ曲を語る上でターニングポイントとなる大会となった。ゴディとウイリアムスは両者ともにシングルマッチが組まれ、第7試合でウイリアムスは川田利明と、第8試合ではゴディは三沢光晴との遺恨清算マッチに挑んだ。


 今までゴディとウイリアムスは単体での入場でもRemix版を使用していたが、この日ウイリアムスの入場で初めてオリジナル版を使用。次の試合でのゴディは変わらずRemix版で入場。その後、単体の入場においては両者とも上記の音源を継続して使用した。


 この武道館大会を持ってゴディがRemix版ウイリアムスがオリジナル版をそれぞれ使用することになったと考えられる。



・オリジナルからRemix、そしてまたオリジナル・・・迷走する殺人魚雷のテーマ

 
 前述でゴディ・ウイリアムスの単体使用バージョンの謎については解明できた。問題は殺人魚雷コンビでの使用バージョンである。1991年以降の変遷についてまとめていきたい。


 まずウイリアムスがオリジナル版を使用した6月1日武道館大会以降、殺人魚雷コンビでの入場もオリジナル版に切り替わり、7月末の'91サマーアクションシリーズ(例・石川大会 世界タッグ戦 vs 三沢・川田)まで使用された。


 その次の来日となった'91年9月の'91ジャイアントシリーズでは、Remix版に戻して使用。戻したのもつかの間、同シリーズの10月10日長岡大会 vs J.ディートン& B.ブラックでは試合後にオリジナル版が流れる(当時のTV中継では残念ながら入場シーンカット)。続く11月から開幕した’91世界最強タッグ決定リーグではRemix版に戻して使用・・・とオクラホマスタンピートの如く、変えて戻すの繰り返し


 その後1年を経て、'92サマーアクションシリーズ2における1992年8月武道館大会 vs鶴田&田上で久々にオリジナル版を使用。しかし、このままオリジナル版が定着することはなく、同年の92世界最強タッグ決定リーグでは、試合後に流れる勝利者テーマ曲が途中からRemix版に戻っている

(例)
・11月14日大宮大会 vsスパイビー&ウインダム → オリジナル版
・11月21日熊本大会 vsカンナム・エキスプレス → オリジナル版
・11月27日札幌大会 vs田上&秋山 → Remix版
・12月2日名古屋大会 vsパトリオット&ジ・イーグル → Remix版


 この時期のTV中継では殺人魚雷コンビの入場シーンが確認できなかったが、試合後テーマ同様に入場テーマもオリジナル版からRemix版にシフトしたと考えられる。



  ・・・余談。試合後に流れる勝利者テーマ曲については、その試合で相手選手から直接勝利を奪った選手のテーマ曲が流れるのでは?と思う方もいるはず。つまり殺人魚雷コンビを例とすれば、2人で同時にオリジナル版で入場しても、ゴディが直接相手からピンフォールを奪えば、試合後にはゴディの専用テーマであるRemix版が流れるのが自然だ、という考え。

 ただ当時の全日本プロレスは、試合後の勝利者テーマ曲=入場で流れたテーマ曲という原則があり、先ほどの例だと、ゴディが勝とうとウイリアムスが勝とうと、入場時のバージョンが流れてしまうことが多い(勝利者専用テーマ曲が用意されている例外もあり)。



 その後ゴディが離脱する1993年まで、TV中継において殺人魚雷コンビの入場シーンは確認できなかったものの、勝利した試合後のテーマ曲はRemix版が流れていた。


 このことを踏まえると、殺人魚雷コンビのテーマ「I Love It Loud」はRemix版 → オリジナル版に移行したタイミングは複数回あり、基本的にはRemix版を使用しているが、1991年6月以降、不定期にオリジナル版が使用されていたと解釈するのが正しいと考えられる。


・まとめ


 今回の調査で殺人魚雷コンビの「I Love It Loudが」Remix版がいつからオリジナル版に移行したか?については、以下のことが判明した。


・1990年3月豊橋大会~1991年4月までRemix版を使用していた

・(現時点で確認できる範囲で)オリジナル版の初使用は1991年の4月14日長浜大会

・1991年6月1日武道館大会でのゴディとウイリアムスのシングル用のバージョン固定を機に、コンビのテーマ曲もオリジナル版に変更

・同年9月に再度Remix版に戻す

・1992年8月に再度オリジナル版に変更。その後、最強タッグの途中でRemix版に再度戻す(入場は未確認)

・1993年の殺人魚雷コンビ活動末期までRemix版を使用(入場は未確認)


 またゴディとウイリアムスが単体で使用しているバージョンについては以下のことが判明した。


・1990年3月~91年6月頃までは両者ともRemix版を使用

・1991年6月1日武道館大会を機に、ゴディはRemix版を、ウイリアムスはオリジナル版を使用。以降は両者とも同じバージョンを継続して使用。


 そして殺人魚雷コンビおよびゴディ、ウイリアムスが単体で使用する「I Love It Loud」の使用バージョンについても以下のことが判明した。


・「Love's A Deadly Weapon」+オリジナル版
→ 使用○

・オリジナル版(「Love's A Deadly Weapon」なし)
→ 使用×

・「Love's A Deadly Weapon」+Remix版 
→ 使用×

・Remix版(「Love's A Deadly Weapon」なし)
→ 使用○


終わりに

 
 ・・・いかがだったでしょうか。改めてテーマ曲調査は改めて沼ですね。今回は確認できる当時の録画映像を中心に調べましたが、今後CSなどで映像系のアーカイブ資料が発掘されれば、更に進展があるかもしれません。もし他にも情報をお持ちの方がいらっしゃればご指摘頂けると幸いです。

それでは、次の記事でお会いしましょう。

2023年2月26日日曜日

蝶野正洋の入場テーマ曲『クラッシュ』の歴史

先日2月21日東京ドーム大会で武藤敬司選手が引退試合を行いました。

闘魂三銃士のメンバーのうち、まだ正式に引退を表明していないのは”黒のカリスマ”蝶野正洋選手ただ1人ですが、武藤選手の計らいにより行われた”ボーナストラック”武藤vs蝶野が事実上最後の試合になりそうです。(主催のプロレスリング・ノア公式Twitterでも「全員引退」とツイート)




今回はそんな蝶野選手をフューチャーし、長年使用していた入場テーマ曲「クラッシュ」をテーマに取り扱っていきます。

題して『クラッシュ』の歴史。

曲としては有名だけど、意外と知られていないバージョン違いや使用遍歴を、改めて振り返っていこうと思います。


 



クラッシュあれこれ

「クラッシュ」の正式名称は「クラッシュ~戦慄~」。

そもそも「クラッシュ」はデンマークのネオクラ・HRバンド、ROYAL HUNTによる楽曲「Martial Arts」の別タイトル。「クラッシュ」は1ループ編集の都合で「Martial Arts」よりタイムコードが長いですが、演奏自体は同じ音源。


詳しく書くと
「Martial Arts」のタイムコードは1:51(CDでは1:52)
「クラッシュ」のタイムコードは2:58


「Martial Arts」0:00~1:19+「Martial Arts」0:11~1:50=「クラッシュ」
という等式になっています。  



「Martial Arts」が初めて世に出されたのが1992年に発表されたROYAL HUNTの1stアルバム『Land of Broken Hearts』の収録曲として。(日本やUSでは翌93年発売)

Land of Broken Hearts


その後、イメージ・ミニアルバムに「クラッシュ~戦慄~」というタイトルで収録されたのが「クラッシュ」としての初出。

なぜタイトルが変更になったかは不明です。どんな意図があったか、誰のアイディアなのか色々妄想すると面白いですね。

使用のキッカケに関しては、Wikipediaでは蝶野が海外滞在中にROYAL HUNTのメンバー、アンドレ・アンダーセンと知り合った縁で楽曲提供に繋がった・・・という記述がありますが元ソースは不明。

また意外かもしれませんが、蝶野選手が基本的に入場で使用している音源は「Martial Arts」で、元から1ループ編集が入っている「クラッシュ~戦慄~」は使用が確認されていません。


(以下文中では「Martial Arts」、「クラッシュ~戦慄~」も「クラッシュ」表記に統一しています)



初期


黒蝶野

1994年G1 CLIMAX後、これまでのコスチュームカラーだった白色から黒色にチェンジしたタイミング、所謂”武闘派宣言”から使用されたというのが通説。

「クラッシュ」の初使用は1994年9月G1 CLIMAX スペシャル金沢大会 vs 馳浩。
G1シリーズ後、8月シリーズ全休を経て、初めて”黒蝶野”スタイルに変貌を遂げた試合でした。

G1 CLIMAX スペシャル 蝶野 vs 馳



翌95年3月には前述の通り「クラッシュ」というタイトルのお披露目となったイメージ・ミニアルバム『蝶野正洋 21世紀への序曲』が発売されました。

蝶野正洋 21世紀への序曲




nwo時代

97年SGタッグリーグ蝶野・武藤組
1997年2月、1大ユニットとなるnWoジャパン始動にあわせて「クラッシュ」もマイナーチェンジ。
前奏にnWoサウンドロゴ加えたnwo仕様「クラッシュ」で入場することになります。


1998年にはnwoのテーマ曲アルバム「BLACK SYMPHONY」が発売。nwo仕様「クラッシュ」も前奏のnWoサウンドロゴを新録版に差し替えた「nWo Crash」というタイトルで収録。この「nWo Crash」は98年~99年の期間で藤波とのIWGP、98年のG1など蝶野選手の入場で使用されていました。
ちなみに「nWo Crash」発表以前まで使用されていた旧録nwoサウンドロゴは現在まで未商品化。幻の音源と化しています。

BLACK SYMPHONY


また1999年4月の東京ドーム大会、ハマーに乗って入場したvs大仁田ではデジロック感溢れるエレキギター演奏の君が代「君が代クラブミックス」を前奏に加えた君が代仕様「クラッシュ」を使用。

この君が代仕様「クラッシュ」は後にvsジョーニー・ローラー、vsハルク・ホーガンでの入場でも使用されています。


T-2000時代

2000年、nWoジャパンのお家騒動により新に立ち上げたユニット「T-2000」の総帥となった蝶野選手。それまで使用していた「nWo Crash」を封印、「クラッシュ」の新しい前奏としてDiddyの「No Way Out」、T-2000のイメージソング的位置付けだった「Victory(Nine Inch Nails Remix)」の台詞部分(意訳:「なにがやりたいんだコラ!」)をmixさせたT-2000仕様「クラッシュ」を使用することになります。